Dear Body, スタジオの鍵を返しました
夏の終わり、18年間、共に息をして共に成長してきたスタジオの鍵を返した。
そのスタジオの名は、as・i・am/apartment。
『25ans』『Figaro Japon』という2つの女性誌の編集者を経て、まるで異世界のようなこのフィジカルな道へ。
案の定、もろもろ格闘し、しっかりお勉強させていただいた後に、この南青山というキラキラした街で、幸運にもスタジオを営んできた。
そのスタジオが、ビルの立ち退きのため、8月にクローズとなった。

もうすでに懐かしい...この扉。
レギュラーのグループレッスン、スタッフとの交流など、スタジオで当たり前のように繰り返していた日常がなくなる。それはとても寂しい。
そしてもうひとつのルーティン、毎週木曜日のメルマガ配信もなくなる。
そのメルマガは、自分のスタジオを持つ以前、他のスタジオで働かせてもらっていた頃から、自分のクライアントさんたちに向けて書いていたものだ。気づけば、もう20年近く書いている。
そもそも、このメルマガはスケジュール配信と一体化していた。
私には、2週間より先の予定を入れたくないという、恐ろしい癖がある。
だから毎週、2週間先までのスケジュールをクライアントさんたちに送り、その中から都合のいい時間を選んでもらっていた。
なんとも、パーソナルトレーナーの風上にも置けない予約方法である。よくこれでスタジオ運営が成り立っていたものだ。あらためて自戒。
そんなわけで、スタジオを閉じれば、メルマガも当然なくなるものだと思っていた。
たった週に一度のルーティンだが、ほぼルーティンのない私にとっては、辛い時も正直あった。飲み会前のスタバやドトールはもちろんのこと、旅先で、その目的地に着く前のトランジットで、母を介護する病室で、自分が手術を受ける前の病室で………。
いろいろある。20年もやってればいろいろある!
なくなってせいせいするかと思いきや、いざ終わりが近づいてみると、むくむくと「書くことは続けたい」という気持ちが湧いてきた。
レッスンのスケジュールを送る必要は、もうない。
それでも私は、毎週木曜日に誰かへ手紙を書くように、カラダのことや日々のことを綴る時間に、疲弊しつつも救われていたことに気づいた。それはきっとラブということ❤
そこから、以前からとても気になっていた、こちら「theLetter」に猛烈アタックして、今に至る。
ひとつなくなると思ったら、別のひとつが滑り込むという、神秘。
振り返ると、こういうことは人生で何度かあった。そのたびに「呼吸」みたいだなと思う。
息を吸うとき、横隔膜や肋間筋などの呼吸筋が働き、胸郭が広がる。それに伴って肺も膨らみ、空気が流れ込む。
息を吐くときは、呼吸筋が緩み、胸郭が小さくなる。肺もその弾性によって元の大きさに戻り、空気が外へ出ていく。
胸郭が拡張し、収縮する。その動きによって肺に空気が出入りし、呼吸が続いていく。
私たちのカラダという器は、一呼吸ごとに、その大きさを変えている。
私という器も、どうやら同じだという気がしている。
スタジオで、瞬間最大風速17人ほどのスタッフを雇っていた時期もある。人も、仕事も、レッスンも、今よりずっとたくさん出入りしていた。
あの頃の私には、自分の器を超えるような多くのものが集まってきていた。私はそれを全部受け入れようとして、ぱんぱんに膨らんだ風船みたいだった。いつ弾けてもおかしくないほどに。
頑張りすぎてたな。可哀想だったな。ハグだ。
だから、器は大きければいいというものでもない。
呼吸が吸う息だけでは成り立たないように、私たちも、広がり続けることはできない。
小さくなったり、また広がったり、ときにはまったく違う形になったりする。
スタジオを閉じた今、私の器もまた、形を変えようとしている。
18年間、人のカラダを迎えてきた場所がなくなり、今度は、カラダについて書いた言葉を届けるこの場所「theLetter」に出会えた。
そう考えると、何かを手放したり失ったりすることを、これまでほど怖がらなくてもいいのかもしれない。
自分という器には、その時の大きさに見合うものが出たり入ったりする。ただそれだけ。そしてその大きさは、人生のタイミングによって変幻自在なんだ。
Dear My Body,
あなたが毎日繰り返しているように、私もまた、拡張と収縮を繰り返しながら生きていこうと思います。ありがとう。
Dear Your Body,
最初の一通を読んでくださって、ありがとうございます。そしてこれからも、どうぞよろしくお願いします。
一緒に、息していきましょ😮💨
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